すききらい

主に連ドラたまに映画の感想(好き嫌い)を語るブログ。

獣になれない私たち 10話 最終話 感想

最高すぎる最終回。最後まで見続けて本当に良かった。1話の最後で晶(新垣結衣)が呉羽(菊地凛子)の服を着て会社に行くという場面からの長ーーーーーーい停滞を経て、徐々に気付かせられていくんだよね、獣になれない私たちが獣になろうとする話じゃなくて獣になれないまま生きていく話だってことに。そうして獣で生きている人なんて本当は誰一人いなくて、奔放に生きているように見えたって抗えない何かが確実にあって、みんな悩んで苦しんでいるって当たり前のことにも気付いて、あんなに毎週悶々としていたはずが、晶を筆頭にみんなみんな愛おしい存在になって、そうしてむかえた最終回が最高に良くて。

「あんた 何しにきたんだ!」

「う〜ん…。自分以外の何者にもなれないってことを確かめに?」

良くも悪くも、自分以外の何者にもなれない。晶が持つ“全方位に気を使うすり減らし女”という性質も最初から最後までそのままであるにも関わらず、後半から晶がその性質をポジティブに受けとめ始めることで変わっていく様子がもうお見事でした。恒星(松田龍平)が中盤までは何を考えているのか良く分からない感じだったのが後半になってどんどん人間味を増していくところもたまらなかった。そんな2人が聞いた鐘の音はどんな音だったんだろう。そっと恒星の手を握る晶、そうして手を握ったままバックショットで終わるラストが余韻があって素敵だ。

呉羽は呉羽らしくカイジ(ずん飯尾)と本当にオーストラリアへ移住したこと、殴ったあとの恒星のいたずらっこみたいな笑顔、朱里(黒木華)が5tapの周年パーティーに着ている洋服が初めて5tapに来たときと同じ洋服なこと(おしゃれ着がそれしかないということ、晶と対峙するために頑張って服買ったんだなあって分かって朱里が尚更可愛く思えること)、朱里が三郎(一ノ瀬ワタル)のラーメン屋で働くこと、千春(田中美佐子)と晶の関係がお酢とビールで続いていくこと、愛おしい場面に満ちていたなあ。

そんな中で個人的に興味深く思ったのは京谷(田中圭)の存在だ。野木亜紀子さんがツイッターで“京谷はクズではなく平均的な日本男児”と呟いていたが、日本的な価値観がようやく変わりつつある過渡期において私の周りにもまだまだたくさんいるこの“日本男児”が、今の社会に生きる女性にこんな風に息苦しさを与えているということを描写したこと。すごくさらりと大切なことを描いているなあと思った。そして晶との別れを通して京谷の価値観が変わったわけではないという現実感(海より深い男になりたいと変わりたいという気持ちはある)。決して京谷が悪いわけではなく日本で生まれ育ち培ってきた自然な価値観なんだけれども、そろそろみなさんその価値観アップデートしていきましょうよという密やかなメッセージとして私は受け取りました。もちろん男性も女性も。

最初は文句言いたくて仕方がなかった本作が、もう一度最初から観たいぐらい愛おしい作品となって新垣結衣松田龍平も今までよりもっと大好きになった。すごくこだわって作った作品なんだと改めて思う。ますます野木亜紀子さんの次回作が楽しみになりました。面白かった!!