ビールを飲みながら

主に連ドラのこと、あと日々のこと、ビール片手に。

獣になれない私たち 3話

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全然面白くない。むしろ観ているのが苦痛ですらある。ここまでくると確信犯的だ。

ドラマの展開は晶(新垣結衣)そのものだ。グダグタと煮え切らず多少何かあったところでほとんど動きはない。

どこまでもどこまでも自分がない。

呉羽(菊地凛子)が車がビュンビュン行き交ってる道路を渡る渡らないと小難しい話をしていたが、

「自分基準で考えないでもらえますか?」

「自分基準以外で何を考えんの?」

 この上野(犬飼貴丈)と松任谷(伊藤沙莉)の何気ない一言がシンプルに全てを物語る。

獣とは自分基準で生きている人を表している。獣になれない晶はどこまでもどこまでも他人基準で生きていて、とにかく他人が傷付かないように他人が嫌な思いをしないように、ひたすら自分を犠牲にして生きている。そして毎週この晶の生き様を見せられて視聴者はたまらなく嫌な気持ちになっている。

でも今の世の中って、自分基準で生きている人達、自分のやりたいことをやりたいようにやっている人達がことごとく批判される。やれ常識がどうのやら、やれ相手の気持ちを考えろやら。それに対して、美談として他人の為に自分の危険を顧みず人助けをした話だの飼い主の為に尽くす犬の話だのがあっという間に拡散される。他人の為に力を尽くすことはもちろん尊敬に値することだが、人の為に尽くすことが良い事だと強調され過ぎているようにも感じる。小さい頃から何かあれば「相手の気持ちを考えなさい」と言われる一方「自分の気持ちを一番大切にしなさい」と言われることは果たしてどれくらいあるのだろうか。

『世間的に評価されやすい人』の生き様を見せられて『たまらなく嫌な気持ちになる』。この矛盾を狙って作っているとしたら、物語に、晶に、どんな結末を付けるのだろうか。何にしても作り手はある程度の批判や視聴率低下などは予想した上で気概を持って作っているんだろう。

余談だが、ここのところ水曜日にどよんとなった気持ちを木曜日の「リーガルV」に助けてもらっている。まさしく自分基準で生きる小鳥遊翔子の活躍にスカッとして気分が晴れやかになる。早く晶を見て少しでもいいからスカッとしたい。